蘇州の秋の十大雅事が、あなたに紐解かれるのを待っている!

「山明水浄夜来の霜、数樹の深紅浅黄に出ず」(秋が来て、山は明るく水清く、夜は霜が降りるようになった。木々の葉は黄色く色づき、そのなかで赤く色づいた数本の木々がとても目を引く)

つづいてご紹介するのは蘇州だ。蘇州は今、もっとも美しい季節を迎えている。冷たさ混じる秋風に吹かれ、モクセイは香りを漂わせ、カエデの葉は赤く染まり、イチョウは秋の風景に鍍金を施す。大自然のパレットにはまばゆい暖色が多く並ぶ。それはまるでどれも色鮮やかな水彩画のようだ。

さあ、一刻も早く蘇州に来て、秋の十大雅事を辿りながら、一緒に蘇州の必見ポイントを巡ろう!

秋の落ち葉拾い

少し錆びたような赤、金箔のようなゴールド、深い緑……秋風が一吹きすると、さまざまな色合いの秋の葉がひらひらと舞い落ち、いたるところで蘇州の美が拾い放題になる。さらさらと音を立てる落ち葉の絨毯を踏みながら、しゃがんでモミジやイチョウを拾い、更紙で包んで、いちばんお気に入りの本に挟む。蘇州の秋の美と雅は、こんな簡単に集めることができるのだ。

モクセイの香りを嗅ぐ

天気が涼しくなったとたん、蘇州はすぐ「芳香モード」のスイッチを押す。園林で、公園で、街の道端で、細かく砕いた黄金が木を満たし、街中の芳香が繋がり一体となる。その香りを一息吸うと、身体中が醺然となる。我慢できずに一掬いポケットに入れれば、まるで蘇州の秋をこっそりテイクアウトできるかのようだ。

秋の果実を食す

あなたの心のなかでは、蘇州の秋の果実の「超人気スター」はどれだろうか。もちもちとした「鶏頭米」(オニバスの実)だろうか。やわらかな「糖芋艿」(サトイモの砂糖煮)だろうか。それとも香ばしい「糖炒栗子」(甘栗)だろうか。はたまたオレンジレッドの柿や、まっかなザクロや、さくっとしたオニビシの実だろうか。蘇州に来て、美味しい秋を過ごす、それも雅事の一つではないだろうか。

蟹宴を味わう

秋の陽澄湖産上海ガニはなかなか手に入らない美味しさだ。カニミソが固まった脂のようにぎっしり詰まり、芳醇で、唇にしっとりとまとわりつく。流砂のようなミソはみずみずしく脂がのってきめ細かく、絹糸のような蟹肉は新鮮で甘く美味しい。酢をつけずに食すると、カニの新鮮な美味しさが味わえ、「カニが出てくると、どんな料理も味を感じなくなる」という言葉の本当の意味が実感できる。生姜と一緒に酢で食べても、また一味違った風味が楽しめる。

高所に登り秋を眺める

秋の山は染物のようだ。蘇州は今まさに「万山遍く紅く、層林尽く染まる」絶好の季節だ。高いところに登って遠くを眺め、果てしなく広がる天地を眺めれば、心もことのほか心地よくなる。

秋の蓮を眺める

秋の蓮は痩せてしまっているが、それがかえって蓮の独特の気骨を示している。また、秋のフィルターが加わることで、逆光のなか、まるで水墨画を彷彿とさせる美しさを生んでいる。斜陽のもとで蓮の葉や花托を眺めると、時間のつぶやきが聞こえるようで、一味違った優雅さが感じられる。

秋雨に耳を傾ける

糸のような秋雨が、あるときはまばらに、またあるときはにわかに、プラタナスの葉や枯れた蓮を打つ。それはどれもが自然の手による「秋の曲」だ。窓にもたれて雨に耳を傾けると、つられて心も落ち着き静まる。

秋宿に泊まる

秋の風景は太湖の近くで宿泊するのにちょうどいい。碧螺春茶を淹れたり、季節限定のコーヒーを注文したりして、湖と山の景色や日の出・日の入りを眺めよう。見る者を夢中にさせる美しい景色のなか、ずっと探していた詩意ある生活は蘇州の秋のなかに隠れていたのだと、突然気づくことだろう。

秋月を眺める

空が澄み雲が淡い秋の夜は、月がいつも格別に美しい。顔を上げると、「欠月疎桐に挂る」(欠けていく月が葉もまばらなアオギリの木にひっかかっている)というもの寂しさにしても、「明月幾時より有りや」(明月はいつからあるのか)という円満さにしても、そのどれもが人の心を慰めてくれるだろう。

昆曲を聴く

秋の蘇州では園林を歩いて昆曲を鑑賞しよう。時間があるときに寄席に座って評弾を聞くのもいい。昆曲の言い回しである「水磨調」と一緒に琵琶の音が響くと、果てしないうねりのなか、時間の流れもゆっくり長く感じられ、曲が秋の香りを染め上げているのか、それとも秋風が曲へと沁み込んでいるのか、わからなくなってしまう。

 

たっぷり雅事を楽しむ、それはたっぷり蘇州を楽しむということだ。この秋、蘇州は夢心地であなたの帰りを待っている。