都市のビル群はびっしりと並び、空を四角い断片に切り分ける。人々はその中を駆け抜け、忙しく立ち回りながらも、どこか疲れを抱えている。「遠くへ行けなければ、どうして詩情を感じられようか」と言う人もいるが、その答えは道の上にある。たとえ時折でも外へ出て、大自然へ、山野へと歩み入り、山や川、湖のさざ波を眺めれば、自由は風の中に息づいている。
南山
天井のない場所で胸いっぱいに吸い込む空気は、爽やかで酸素に満ちた緑の香り――鎮江の南山は、まさにそんな場所である。「煙雨南山」「都市の森」と称されるこの山は、街に息づく“緑の肺”として、人々に癒やしを与えている。
南山の木立の間を歩けば、高くそびえる樹々が灼けつく陽射しを遮り、時おり吹き抜けるそよ風がほのかな涼しさを運んでくる。それは、熱気を帯びた都会の風とはまったく別物である。いまでは山中で時折カフェに出会うこともあり、腰を下ろして一杯のコーヒーを味わえば、心も暮らしも不思議と澄みわたっていく。
圌山
圌山といえば、やはり心に残るのはあの朝日と雲海の絶景である。休日には友人や家族と誘い合って圌山に登れば、体を鍛えられるだけでなく、心も大きく開かれていく。
大道は至ってシンプル、圌山には観光ロープウェイがなく、昔ながらの素朴な登山体験がそのまま残されている。その控えめな姿がかえって魅力となり、飾らない風景は訪れる人すべての心をとらえる。
金山湖
これぞまさに“都会の秘境”と言っても過言ではない。湖畔の水杉林には、真っすぐに伸びる水杉が立ち並び、根は深緑の水に浸かり、梢は碧い空へと伸びている。夏の午後、林全体がまどろむように静まり返り、その緑は怠けているようでいて、どこか生命力を秘めている。
水杉の幹には、ところどころに凸凹のこぶ跡が見られる。それは彼らがくぐり抜けてきた歳月や風雨の証である。それでもなお、彼らはまっすぐに立ち、行き交う人々を静かに見つめている。その姿はまるで、背筋を伸ばして生きること、困難に向き合うこと――越えられないものなどないのだと、穏やかで賢明な声で語りかけているかのようである。